学校。 ディミトリは水野の移動を監視していた。授業中にスマートフォンを見る事は出来ないので、休み時間ごとにトイレで見ていた。 水野は例の襲撃したマンションに帰宅したようだ。(あの場所からアジトを移動してないのか……) ここで手を止めて考え込んだ。アオイに渡した名刺の名前は『桶川克也』となっている。 名前を変えているのは、違う詐欺事件を考えているのだろうかと考えた。(引っ越しの金が無いのか?) 彼らは警察のガサ入れに遭っている。という事は警察に事情徴収されているはずだ。 なのに外に出ているという事は、詐欺事件との関係を立証できなかったかで釈放されたのであろう。 (俺なら引っ越しして身を潜めるんだがな……) 普通なら同じ場所に住み続ける気には成らないはずだ。警察は証拠無しぐらいでは諦めない。蛇のようにしつこいのだ。 だから、警察の監視が付くのは分かりきっている。これは水野も知っているはずだった。(或いは移動できない理由が有るかだ……) ディミトリの顔に笑みが広がっていく。金の匂いを嗅ぎつけたのか、ディミトリは鼻をヒクつかせもした。 ディミトリは帰宅した後で、マンションに行って盗聴器と監視カメラを仕掛けるつもりだ。 二回目の仕掛けは手慣れたのも有って短時間で済んだ。盗聴器は同じ場所に設置したが、監視カメラは通りが見える場所にした。警察の監視が付いていると思われるからだった。 盗聴器を仕掛けて直ぐに、水野が誰かと会話しているらしい場面に遭遇した。『大山は直ぐに出てくると思いますので、金の事は大山と話してください……』 大山とはディミトリが散々痛めつけたリーダーであろう。直ぐに出てくると話していると言う事は拘留されたままなのだ。 残りの二人は他の詐欺グループにでも鞍替えしたのか居ないようだ。『いえ、勝手すると自分がシメられてしまうんで勘弁してください……』 水野はリーダーが隠した金の保管を任されているようだ。 恐らく証拠不十分で不起訴になってしまうだろう。彼らは決定的な証拠は隠滅しているらしかった。(そうか…… まだ、金は持っているんだな……) だが、肝心な所は彼らは上納金を渡していないという点だ。 その事を知ったディミトリはニヤリと笑っていた。『小遣い稼ぎは自分でやってますんで…… はい…… 大丈夫です』 相手はケツモ
平日の昼頃。「う…… ううう~…………」 ディミトリ・ゴヴァノフは手酷い頭痛で目が覚めた。 彼は今年で三十五歳になる。傭兵を生業とするロシア出身の男だった。 もちろん、軍隊での戦闘経験は豊富で、退役する時には特殊部隊にも所属していた。 最後の作戦で戦闘ヘリコプターをお釈迦にしてしまい除隊させられてしまった。 学歴もなく手にこれといった技術を持たなかったディミトリは、仲間に誘われて傭兵に成ったのだ。 それについては別に不満は無かった。彼は戦闘行動が無類に好きだったのだ。 上官が学士学校上がりのガチガチ芋頭から、諜報学校上がりのピーマン頭に変わるだけだからだ。(馴染みの酒場で出された、安っすい酒の二日酔いより酷いな……) 頭の側でグワングワンと鐘を鳴らされているような頭痛の鼓動が迫ってくる。 身体が強烈に重くなるのも一緒だった。何とか動かそうとするも一ミリも動いた気がしない。(うぅぅぅ…… ここはどこだ?) ディミトリは眩しそうに目を開けた。眩しいのは自分の頭上にある蛍光灯のせいのようだ。 だが、視界が定まらないのかグルグルと部屋が回っているような感覚に襲われている。 ディミトリは目を瞑った。(1・2・3・4……) 目眩がする時には、目をつぶって深呼吸しながら数字をカウントするのが有効だと兵学校で教わった。 これは砲弾が近くに着弾した時に目眩に襲われやすいからだ。 戦闘時の目眩は爆風や爆圧で頭を揺さぶられてしまうので発生してしまう。そこで軍は初期教練で対象方法を教えている。 自分の少なくない経験でも知っていることなので冷静に対処法を実践してみた。 何回か目をシバシバと瞬きしていると、落ち着いて部屋の中を見ることが出来るようになった。(……………… 病院!?) 白を基調とした飾りっ気の無い部屋。消毒液の匂い。まあ、病院なのだろうと納得したようだ。(六人部屋だけどオレ一人だけか……) ディミトリがベッドの中でモゾモゾしていると、病室の中に入ってきた看護師がひどく驚いていた。 そして、彼女は慌てて部屋を出ていった。しばらくすると医師と他の看護師を連れて部屋に入ってきた。(ずいぶんと顔が平ったい黄色い連中だな……) 彼らを初めて見たときの印象だった。 ディミトリはロシアのクリミヤ生まれだ。 自分が生まれた街には白人
「…………!」「!」「……!」「!!?」 医師の一団は何かを必死に話しかけているらしいが耳に入って来ない。まだ耳鳴りが酷いのだ。 わーんと唸っていて耳が何の音も拾わないからだ。もっとも聞こえたとしても言葉が分かるとも思えない。 そこでディミトリは耳を指さして頭を振った。 分からないと言ったつもりだったが、医者たちは筆記で何かを尋ねてこようとしていた。(やれやれ…… 仕事熱心だな……) 見せられても意味が分からない。象形文字は線で構成された幾何学模様にしか見えない。彼は首を横に振って目を背けた。 するとディミトリの目が制服を着た人物を見つけた。部屋の入り口の所に居る。(あれは…… 警備員か?) 彼に気がついたディミトリは直ぐに視線を外し、顔を向けずに目の端で観察する事にした。警備員というのは自分を見つめる人物は怪しいと決めつける職業だ。これは警官にも言えることだ。 それを無視して見ていた結果は、大概ややこしい事態になるのは経験済みだ。 自分が警備員や警察官に好かれないのはよく知っているつもりだった。(違うな腰に拳銃を装備してる…… 軍警か警備兵だな……) 腰の所の膨らみを見て、拳銃を携帯していると考えたようだ。 すると他の事にも気がついた。(ん? もうひとり…… 二人いるのか……) 部屋の入り口の外にも、もうひとり居るのを彼は見逃さなかった。(くそっ! 中国軍の捕虜になっちまったか……) ディミトリにとっては、東洋人イコール中国人である。多くの白人は中国人と日本人の区別は付かないのだから仕方がない。 そして、少なくない経験から自分は捕虜になっていて、現在は警備兵の監視下にあると思い至ったようだ。(随分と厳重な監視じゃないか……) ディミトリは厄介な事になったなと溜息が出そうになった。 だが、同時に疑問も湧いてきた。(……なんで、俺は中国軍に捕まっているんだ?) 自分が襲った麻薬工場はイラクマフィアの工場だったはずだ。作戦計画書にそう書いてあった。 そこはアフガニスタンで収穫されたケシをアヘンに精製する工場だ。 アフガニスタンでは米軍に見つかって爆撃されてしまう。なので、遠路はるばるシリアまで持ち込んで作っているのだ。 工場で作られたアヘンはヨーロッパやロシアに配給されるていると聞いた。 各国が躍起になって
(でも、ターバン巻いたヒゲモジャ連中しか居なかったよな……) 工場には中東の連中ばかりだった気がする。もっとも、自分が見聞きした範囲内での考えだ。 何か裏取引が関わって居る気がしないでも無い。最近の中国は政治的な影響力を拡大させたいのか世界中の紛争に首を突っ込んでいる。(生き残りが俺しか居なかったのか?) だが、単なる戦闘員である自分に価値が有るとは思えなかった。 製品には薬剤を掛けて最終処分し、生産設備は破壊するという簡単なお仕事だったのだ。 もちろん、お宝もタップリ有ると話は聞いていた。当日はチェチェンマフィアが取引に来ていたのだ。(頭痛が酷くなりそうだな……) 彼は政治的な話には興味が無かった。 引き金を引くのに政治は関係ないし、銃弾は政治を選んで当たったり外れたりしないからだ。(このクソッタレな世の中で唯一の平等をもたらす物だからな……) そう考えてフフフッと笑ってみた。彼は刹那的な生き方をする方だ。自分の人生について達観している部分もある。 日常的に人の生き死にに接しているからなのだろう。 ディミトリは自分の頭を擦ろうと腕を伸ばすと管だらけなのに気がついた。(何だっ! これはっ!!) 自分の手を見て驚いた。まるで老人のように細くなっているのだ。 そして、そこに無数の管やら電線が繋がれている。(丸でマリオネットだな……) 自分の身体が異様に重く感じるのは、食事をとっていないせいなのだろうと考えた。(これじゃ、近接戦闘は無理っぽいな…… 逆に制圧されてしまう……) 子供の頃から空手を習っていた事もあり、格闘戦は彼の得意分野のひとつでもあった。 ところが、目の前にある自分の手は枯れ枝に指が生えているような感じなのだ。 これでは相手をぶん殴っても逆に折れてしまいそうだった。(随分と長い事入院していた様子だな…… まあ、爆発に巻き込まれれば無理ないか) 入院していると痩せてしまうのはよく聞く話だ。ましてや大怪我をして動けないとなると筋肉がみるみる内に無くなっていく。 何しろ食事をしっかり取れないことが多く、ほとんどが点滴で栄養を流し込んでいるだけなのだ。 ディミトリも戦友を見舞いに行くことが多いが、連中が退院した後に苦労するのが体力の回復なのだ。(爆弾の爆風をモロに受けたからな……) 自分も体力の回復にどのく
目が覚めてから数日たった。 医者は相変わらずやってくるが何も喋ろうとしないディミトリに手を焼いてるようだった。 繋がれていた管は殆ど取り払われたが監視は付けられたままだった。 それでも部屋の中を彷徨くぐらいには回復していた。(まずは現状を把握せねば……) 特殊部隊に居た事もあるディミトリは観察し分析するのも得意な分野だ。 部屋の外を観察した結果。自分が居る病室は二階で有るらしい。 そして、住宅街の真ん中に病院は位置しているらしい事は分かった。(まず、ここを脱出しないと……) 脱出するためにはいくつかの問題点がある。 まず、自分が今着ているのは病院のパジャマだ。脱出して外を彷徨くには着替える必要がある。 民家が近いのなら洗濯物が干されているだろうから途中で拝借すれば解決するだろう。(かっぱらいなんてガキの頃以来だな……) そう思ってディミトリは苦笑してしまった。裕福な家庭の出身では無い彼は、貧民街と呼ばれる街で育った。 正直な者が損をする仕組みが根付いている街だ。当然、彼はそんな街が大嫌いだった。 大人になって正規兵・特殊部隊・用心棒・傭兵と、戦う職業を転々と渡り歩いたのも偶然ではない。 強さこそが自分の証明なのだと、その街で叩き込まれたのだ。 後は道中に必要な金銭をどうするのかとか、移動手段に必要な車をどうやって調達するかだ。 何より、今どこに居るのかが分からないのも問題だ。(まあ、細かいことは良い……) 些か、行き当たりばったりな計画だが、まずは行動を起こすことが肝心だと自分に言い聞かせた。(まず、優先すべきポイントはここを脱出する事だ) 自分が目を覚ました事が軍の上層部に知られるのは時間の問題だろう。 そうなれば自白させるために拷問が待っている。 それだけはまっぴらごめんだとディミトリは思っていた。 ふと、見るとベッドの脇に小さな小机みたいのがある。普通そこには着替えなどが入っているものだ。 ディミトリは何気無く開けてみた。すると、そこには自分用と思われる着替えが収まっていた。(よしっ! これに着替えれば何とか脱出出来るかも知れない……) 嬉しくなったディミトリは早速広げて見た。だが、すぐに意気消沈してしまった。 小さすぎるのだ。自分の戦闘服が入っているかも期待してただけにガッカリしたのだ。(いや…
彼は人通りの多い大きい道路では無く、並行して繋がっているらしい住宅街の道路を歩いていく。 病院を抜ける時に人混みに紛れる必要はあったが、今はなるべく人目に付かないようした方が得策だ。 そう考えて住宅街をヒョコヒョコ歩いていた。まだ、上手く歩けないのだ。 そして、路地を曲がった所で地べたに座り込んでるニ人組が目に付いた。この手の連中は大概厄介だ。 金髪の男とヒョロヒョロの長髪の男。二人共に顔にピアスをしている。 ディミトリはチラッと見ただけで無視して通り過ぎようとしていた。「おい、お前っ!」「ちょっと待てよ……」 二人組が何やら言い出してきた。しかし、ディミトリは気にもかけない。ニ人組を無視して歩き続けた。「ガン付けてシカトこいてるんじゃねぇよ」「待てってんだろっ!」 なんだか意味不明な単語を並べながら二人共向かってきた。ディミトリィは揉め事は避けたかった。 そして、路地を曲がると走り出した。「待ちやがれっ!」 路地の入口を不良の一人が叫びながら曲がってくるのが見えた。(待て言われて待つ奴がいるかいっ!) ディミトリはそんな事を考えながら不自由な足を懸命に動かしていた。 身体が悲鳴を上げているのは分かっているが何とも出来ないでいる。ここで捕まる訳にはいかない。 だが、ディミトリは立ち止まってしまった。 奇妙なことに気がついたのだ。(あれ? なんで連中の言葉理解できるんだ??) ディミトリはロシア語を始めに欧州系の言語は読み書き出来る。だが、アジア系の言葉は馴染みが無い。 彼が知っているのは中国人くらいだからだ。(中国語なんて聞いたことも無いぞ?) そんな事を考えている内に金髪の男たちが追いついてしまった。「くっそチョロチョロ逃げやがってっ!」 そう言いながら先頭の男がディミトリの胸ぐらを左手掴み、右手で殴りかかろうと振りかぶった。 しかし、ディミトリはすんでの所で躱した。(ああ…… コイツ…… 戦闘経験が無いんだな……) ディミトリは躱しながら、そんな事をボンヤリと考えた。 彼の少なくない戦闘経験で胸ぐらを掴むなどやらないからだ。そんな手間かけずに殴ったほうが早い。 そして、金髪の腕が伸び切った所で腕を引っ張ってあげた。金髪の彼はそのまま勢いを付けて転んでしまった。 少し拍子抜けしてしまった。 彼は
(なんだコイツラは……) ディミトリは、今まで相手にしてきた狂犬のような不良たちとの違いにうろたえてしまっている。 だが、面倒な人種に思えてきたので、さっさと逃げだそうかと思った時に声が掛けられてきた。「お前たちっ! 何してるっ!!」 そう怒鳴りながら警察官たちが近づいてきた。どうやら喧嘩をしていると通報されていたらしい。 警察官たちは傍に来てディミトリと不良二人とに引き離した。 喧嘩の様子を双方に聞いていたが、二人組は一方的に殴られたと主張している。 しかし、喧嘩の様子を見ていた警官は、金髪がディミトリの周りでコロコロと転がっていただけなのを見ていた。 結果、不良たちは厳重注意されていた。 だが、自分をジロジロと見る警察官はどこかに無線連絡している。それからディミトリに尋ねてきた。「君は大川病院から勝手に外出した人だね?」 「……」 ディミトリは何も答えなかった。周りを警官に囲まれているし、何か迂闊なことを言えば自分が不利になる思ったからだ。「保護依頼が出ているから一緒に来たまえ」 「……」 警察官はそう言うとディミトリをパトカーに載せた。彼も大人しく従っている。 何故かと言うと警官たちは警棒すら手にしなかったからだ。 自分の今までの常識では、警官は拳銃を構えて相手を制圧するのが常だったのだ。 最悪の場合は近接戦闘戦になると覚悟していたが拍子抜けしてしまった。 もっとも、今の状態でディミトリが包囲網を脱出できるとは思っていないのは事実だ。 だから、大人しく言うことに従っていたのだ。 不思議な事に手錠を掛けられる事無く警察署に連れて行かれた。(なんだ?) 脱走した捕虜の扱いは大抵酷い目に会わされるものだ。そうしないと、再び脱走を企てるからだ。 四、五人で取り囲んで袋叩きにする。自分もされたことが有るしやったこともあった。 だが、彼らはそうはしない。(く、国によってやり方が違うものなのか?) ディミトリは益々混乱してしまった。 警察署に到着すると先程の警察官が、トイレを指さして言ってきた。「取り敢えずは顔を洗って来なさい……」 ディミトリはトイレの洗面所に入っていく。汗と血痕でひどい格好になっているらしかった。 洗面台の蛇口を捻ると綺麗な水が出てくるのに軽く驚いた。 シリアの基地
元の病室。 どうやら自分が今いる場所はダマスカス(シリアの首都)では無いとディミトリは理解したようだ。 ビルが立ち並んでいるのが見えていたので、勝手にそう思い込んでいただけだった。 そして中国でもない。もっと東にある日本という国なのだと知った。(違いが分からん…… で、どこだ?) ディミトリには中国も日本も新聞の記事でしか見たことが無い。なので、地理的なイメージが湧かないらしい。 だが、場所などはまだまだ些細な事だ。 彼はもっと深刻な問題を抱えている最中だった。(なんで、見知らぬ小僧の身体になっているのか……) にわかに信じがたい状態にあるのだ。 目が覚めたら自分が他人になっている。こんな話は聞いたことが無い。 しかも、困った事に自分は違う人間だと証明しようが無い事だった。 すっかり取り乱したディミトリは警察署のトイレで大声で騒ぎ出したようだ。 それを警察官たちはなだめるのに大変だったらしい。 やがて、興奮のあまり気を失ってしまったディミトリは病院に戻されてしまっていた。「じゃあ、君が覚えていることを教えてくれるかな?」 鏑木医師がディミトリに尋ねた。彼は入院した時からの担当医だ。 警察署での様子を付添の警察官から聞いた医師は心配事が増えたようだった。 しかし、具体性の無い質問を言われても分からない。「ナルト……」「?」 ディミトリは日本で知っている唯一の単語を口にしていた。 日本のアニメ好きの同僚が口にしていたものだ。 彼は忍者に憧れていたので武器の一種なのだろうと推測していた。「ナルト? ラーメンに入ってるヤツ?」「え?」 今度はディミトリが混乱してしまった。(ラーメンってなんだ?) 意味不明な単語に戸惑ってしまった。だが、ディミトリの腹が『ぐぅ~』と鳴るので食い物関連かも知れないと考えた。「ああ、アニメの方のナルトね……」「!」 ディミトリの戸惑った表情で、違う方の『ナルト』だと気がついた医師はアニメだと思ったらしい。 医師もアニメは知っているらしかった。きっと有名なのだろう。 その様子にディミトリは頷き返した。「アニメは好きなのかな?」「どうでしょう…… あまり覚えていません……」「ふむ……」 医師はカルテに何かを書き込んで質問を続けた。「自分の名前は?」「……」 まさか『ディ
学校。 ディミトリは水野の移動を監視していた。授業中にスマートフォンを見る事は出来ないので、休み時間ごとにトイレで見ていた。 水野は例の襲撃したマンションに帰宅したようだ。(あの場所からアジトを移動してないのか……) ここで手を止めて考え込んだ。アオイに渡した名刺の名前は『桶川克也』となっている。 名前を変えているのは、違う詐欺事件を考えているのだろうかと考えた。(引っ越しの金が無いのか?) 彼らは警察のガサ入れに遭っている。という事は警察に事情徴収されているはずだ。 なのに外に出ているという事は、詐欺事件との関係を立証できなかったかで釈放されたのであろう。 (俺なら引っ越しして身を潜めるんだがな……) 普通なら同じ場所に住み続ける気には成らないはずだ。警察は証拠無しぐらいでは諦めない。蛇のようにしつこいのだ。 だから、警察の監視が付くのは分かりきっている。これは水野も知っているはずだった。(或いは移動できない理由が有るかだ……) ディミトリの顔に笑みが広がっていく。金の匂いを嗅ぎつけたのか、ディミトリは鼻をヒクつかせもした。 ディミトリは帰宅した後で、マンションに行って盗聴器と監視カメラを仕掛けるつもりだ。 二回目の仕掛けは手慣れたのも有って短時間で済んだ。盗聴器は同じ場所に設置したが、監視カメラは通りが見える場所にした。警察の監視が付いていると思われるからだった。 盗聴器を仕掛けて直ぐに、水野が誰かと会話しているらしい場面に遭遇した。『大山は直ぐに出てくると思いますので、金の事は大山と話してください……』 大山とはディミトリが散々痛めつけたリーダーであろう。直ぐに出てくると話していると言う事は拘留されたままなのだ。 残りの二人は他の詐欺グループにでも鞍替えしたのか居ないようだ。『いえ、勝手すると自分がシメられてしまうんで勘弁してください……』 水野はリーダーが隠した金の保管を任されているようだ。 恐らく証拠不十分で不起訴になってしまうだろう。彼らは決定的な証拠は隠滅しているらしかった。(そうか…… まだ、金は持っているんだな……) だが、肝心な所は彼らは上納金を渡していないという点だ。 その事を知ったディミトリはニヤリと笑っていた。『小遣い稼ぎは自分でやってますんで…… はい…… 大丈夫です』 相手はケツモ
ファミレスの様子。 アオイは水野と二人っきりでファミレスで逢っていた。こうしないと病院の受付から移動しないのだ。 常識的な勤め人として病院に迷惑を掛けるのが嫌だったのだ。『鴨下さんは僕の会社で働いていたと言いましたよね?』『はい……』『その彼がどうして交通事故に会う場所に行ったのかが分からないのですよ』『私も知りません……』『でも、貴女が住んでる場所の近くじゃないですか?』『同じ市内と言うだけで近くは無いです。 通勤する経路からも外れてますし……』『へぇ、その場所を良くご存知ですよね?』『警察に聞きました……』 水野は何度目かの同じ質問をしているようだ。警察の尋問のやり方にそっくりだが、これは水野が似たような目に有っているからだろう。警察の尋問は同じ質問を繰り返して、相手が答えた時に出来る矛盾点を見つけ出す作業だからだ。 そこを突破口にして真相を抉り出すのが仕事なのだ。『彼は優秀な方で、貴女や妹さんの事は特に目を掛けていたらしいんですがねぇ』『私達の話を聞いたので?』『質問しているのは僕なんだがな』『……』 アオイは水野がどこまで知っているのかを質問したかったが、下手に言うとやぶ蛇になる可能性が有った。 そして水野もアオイが焦れて怒り出すのを待っているようだ。『特に妹さんの事を話す彼は楽しそうでしたよ?』『……』 水野は言外にストーカー男がやった事を匂わせているようだ。そうすることでアオイを怒らせて白状させようとしているのだと推測できた。 それはアオイにも感づかれたようで話を逸らし始めた。『私達は彼には特に思い入れは有りませんわ』『でも、同じ市内に住んでるのはご存知だったんでしょ?』『さあ、知りません……』 これは事実だったのだろう。一家離散してまで逃げたのに、またストーカー男が目の前に現れた時の絶望感は察して余りある。 だからこそ、ストーカー男を永久に黙らせる方法を選んだに違いないからだ。『妹さんのアパートに訪ねに行ったと言ってましたが……』『ええ、聞いてます。 それから妹は友人の家に避難してます』『その後で不幸な交通事故に有った……』『……』『偶然ですかねぇ?』 恐らく水野はストーカー男の事故の原因をアオイであると思っている。それは当たっているが証拠がどこにも存在しない。 そこで揺さぶりを掛け
アオイのアパート。 ディミトリはアオイの話を聞いていた。ストーカー男の事故を調査しているという男の事を相談されていた。「背後関係を調べるって…… 何か怪しい所があるの?」「私の住所と勤務先をどうして知っていたのかを調べて欲しいの」「妹さんの住所とかは知られているの?」「ええ、最初は妹の所に行って次に私の所に来たと言っていた……」「名刺とか貰った?」「これがそう……」 アオイはディミトリに名刺を一枚見せた。街中の名刺屋で一番安い値段で作ったような奴だ。 そして、書かれている会社の名前は聞いたことも無い物だった。(うん、怪しい……)「ネットで検索しても該当する会社は無かったわ」 アオイは自分でも色々と調べてみたが分からなかったそうだ。会社の電話番号に掛けて見ると相手の男に繋がるのは確認していた。(電話の転送サービスだろうな……) 事務所すら持てない弱小企業が、電話番してもらう為に電話代行サービスを利用する事が多い。 この男もそのサービスを利用しているのだろう。「ストーカー男の家族が知っていたとかじゃないの?」「妹のことが有って、私の家族も男の家族も離散してしまったわ」「じゃあ、住所を辿って来たとか……」「私の実家は更地になってしまっているし、母以外に私達の状況を知っている人はいないかったはず……」 妹が拉致監禁された上にレイプ被害に会った事でアオイの両親は離婚。アオイの母親は自分の実家に帰ってしまっている。 今では半年に一度くらいしか連絡は取り合わないそうだ。父親の現況は不明。 ストーカー男の実家も同じ様に離散してしまっている。だから、接点はどこにも存在しないはずだ。 だから、ストーカー男が死亡しても気にかける人間はいない事になる。 ところがストーカー男は出所して暫くしてから会いに来たらしい。どうやってアオイ姉妹の居場所を知ったのかは不明だった。「死んでからも付き纏うなんて……」 アオイは嘆いてしまっていた。「その調査男は頻繁に接触してくるの?」「明日、会いたいと言ってきたの……」「ふむ……」 アオイは次の日の昼間に、問題の調査男とファミレスで待ち合わせをしてるという。「話すことは無いと言えば良いんじゃない?」「電話で何度も言ってるけど諦めてくれないのよ……」「病院の院長とか大人の男の人に説得してもらう
アオイのアパート。 相談があると言うので少し早めだが学校から帰って直ぐにアパートへと向かった。(金が足りなかったかな?) アオイには闇手術の代金として百万渡してある。この国の相場は分からないが、キリの良い金額の方が良いだろうと判断したのだ。 どんな話なのかはアパートに行けば判明するだろう。それより問題はサプレッサーをどうやって改良するかだ。(素材はプラスチックなのはしょうがないが性能を上げたいものだ) 3Dプリンターで使われる素材は熱で溶けるタイプだ。発射薬の火力だと数発で駄目になってしまう。 事実、昨夜の実験では二発撃っただけで割れてしまっていた。 そこで、自動車のマフラーなどに塗布されるシリコンガスケットを使うのはどうかと思案していた。 耐熱仕様だし数発持てば良いだけなので妙案のような気がしていた。(まあ、駄目なら他の素材を考えるだけだ……) 銃へマウントする部分はモデルガンから応用しようと考えていた。田口がそうしていたのだ。 中身をくり抜いて使えるかも知れないと考えていた。(後は性能の向上か……) 実験の時に測った限りでは満足出来るものでは無かったのだ。もう少し静かな方が良い。(そうか…… 音を発生させる要因を少なくすれば良いのか……) ディミトリは拳銃弾の炸薬量を減らしてみることにした。 特殊部隊には音速を超えない特別な弾丸(サブソニック弾)が用意されている。サプレッサーと一緒に使ってさらに衝撃波を減らす為の工夫だ。 他に銃弾を通すために穴が貫通しているが、これも音漏れの一番の要因だ。けれど、塞ぐと肝心の銃弾が出られなくなってしまう。 そこで、柔らかい材質の物で穴を塞ぐ。弾を撃つと弾のサイズぴったりの穴が開いて、余計なガスや音が漏れない仕組みになっている。 しかし、柔らかいので高温高圧のガスで徐々に削られてしまう。なので、普通のサプレッサーの寿命はそれほど長くなく、数十発程度で効果が半減してしまうのだ。(まあ、本当に音も無く相手を始末したければ、ナイフの方がよっぽど早いんだがな……) ディミトリはニヤリと笑っていた。そちらの方が得意だからだ。 いつものように自転車でアオイのアパートに行くと彼女は既に帰宅していた。 部屋のドアをノックすると、直ぐに部屋の中に案内された。「来ましたよ?」「いらっしゃい……」
自宅。 ミリタリーオタクの田島はディミトリの家に来ていた。 今日は、祖母が老人会の催しで出掛けている。カラオケ大会なのだそうだ。夜までディミトリ独りなので都合が良いのだ。 田島は河原で実験しようと言っていったが、人目に付きたく無いので家でやることにした。 田島は持参した鉄パイプをディミトリに手渡した。少し年季が入っている奴だ。ガレージに捨てられていた奴だそうだ。「ちょっと錆びてるけど問題ねぇよ!」 それと同時に買い物袋を床に置いた。中には爆竹が入っているのだそうだ。「で、爆竹は何本入れるの?」「十本くらいでどうよ?」 ディミトリは鉄パイプをカメラの三脚に紐で縛り付けた。グラつかないようにだ。 それから鉄パイプの中に爆竹を詰め込んで、延びている導火線を一本に縛り付けた。「了解……」 まず、最初にサプレッサー無しで撃ってみる。それをスマートフォンの騒音計測アプリで調べてみた。 『パンッ』と大きな音がして部屋中に硝煙の匂いが立ち込める。「百十か……」 アプリが示す数値を見ながら呟いた。ネットで調べた拳銃の発射音よりは小さかった。 一般的な拳銃の発する銃声は百四十デシベルから百七十デシベルだ。間近で聞けば耳を痛めてしまう程だ。「次はサプレッサーを付けてみるべ?」「了解……」 ディミトリは再び爆竹を鉄パイプに詰め込んだ。そして、鉄パイプの先端にサプレッサーをねじ込んで点火した。 『ポン』まるで手を打ったかのような音がした。何だか拍子抜けする音だった。 アプリで測定した結果は八十デシベルだった。「んーーーーー」 田島は渋い顔をしている。彼としては映画やドラマで見るような『プシュ』とか『プス』とかの音を期待していたらしい。「ちゃんと密閉しているわけじゃないから、音が漏れてしまっているんだよ」 ディミトリとしては音が減衰している事の方が重要だった。彼の基準からすれば成功の部類に入る。 だが、田島がガッカリしているらしいので励ましてあげたのだ。 銃声の正体は火薬が爆発するときの衝撃波。サプレッサーはこの衝撃波を一旦受け止めて音を減少させなければならない。 プラスチックで出来たサプレッサーでは、衝撃波が本体を通して漏れているのだ。工夫すればもう少し音が小さく出来ると思われる。(爆竹みたいな火薬だと大丈夫だが、本物の発射薬では駄
そこでスマートフォンの位置情報を、後で地図と照らし合わせるだけに留めた。 スマートフォンは一旦山奥に移動した後に繁華街に移動して切れた。切れたのは箱か何かにしまわれたのだろう。(要するに人目につかない場所って事だな……) 山奥に移動したのは死体の処分のため。繁華街は彼らの根城だろうと推測した。 腹の傷からの出血が止まったら、田口兄を脅して偵察に行ってみるつもりだった。(日本にチャイカが居るのは偶然では無いだろうな……) チャイカ。本名はユーリイ・チャイコーフスキイと言っていた。ディミトリはGRUの工作要員であろうと睨んでいる。(まあ、仕事で工場爆破をやったんだろうが、仲間を巻き込んだのは許せねぇな……) 日本に居るのなら昔話でもしに行かなければならない。それも念入りに下準備をしてからだ。 そして自分を付け狙う理由もだ。(あの中華の連中もチャイカの仲間なのか?) 頭痛もそうだが、中華系のグループが何も仕掛けて来ないのも頭の痛い問題だ。 医者を抱き込める程の組織力があるのなら、廃工場の時にディミトリの身柄を確保に動くだろう。 あの時には自分を監視している不審車が傍に居なかったのだ。彼らは家にディミトリが居ると思いこんでたはずだ。 それが無かったので違うグループなのかとディミトリは思い始めていたのだ。 チャイカが中華系の連中と別口なら、ロシア系のグループということになる。・鏑木医師を始末した中華系グループ・自分を罠に嵌めたロシア系グループ・自分を監視している不審車グループ「んーーーーー、三つも有るんか……」 自分の人気ぶりに呆れてしまった。 もっとも、彼らが連携していないっぽいのはありがたかった。 翌日、学校に行くと田口が出てきていた。一週間ぶりになるのだろう。 何故かオドオドしながら教室に入ってきた。「よお」「!」 ディミトリが声を掛けると、田口はビクリとして下を向いてしまった。「大串はどうして出てこないんだ?」「知らないです……」「そう……」「ハイ」「じゃあさ、お前の兄貴に伝言頼まれてよ」「ハイ」「車の助手席の後ろにポケットが付いてるじゃない?」「ハイ」「そこにスマートフォンを入れてたのを忘れていたんだわ」「ハイ?」「俺に渡してくれる?」「ハイ……」 田口は再び俯いてしまった。額に汗を大
(三次元の複雑な構造を作り出せるのか……) 作成されたモデルガンをひっくり返したりしながらディミトリは確信に近いものを得た。(これならアレが作れるかもしれんな……) そう、ディミトリが思いついたのは『減音器』だ。世間様ではサイレンサーの方が通り相場が良い。でも、消音はされないで少しだけ音が漏れるので減音器なのだ。サプレッサーでも良い。 この3Dプリンターでなら複雑な構造を持つ減音器を作れると考えたのだった。 音というのは衝撃波だ。その衝撃波を多段の吸音壁で吸収し、音を減じてやれば良いだけの話だ。 使う機会はそんなに無いだろう。寧ろ通常の戦闘においては速射が出来ないので邪魔でしか無い。 ならば、耐久性を無視した、強化プラスチック製の使い捨て減音器も有りだとディミトリは考えた。(とりあえずは彼に設計図を起こしてもらう貰う必要があるな……) 3Dプリンターで物を作るには複雑な立体図を作成する必要がある。あいにくとディミトリにはそこまでの知識が無い。 ならば、既に使いこなしている感のある田島に頼み込むほうが早かった。それに彼はきっと興味を持つだろう。 ミリタリーマニアから見たら、減音器は中々に心をくすぐるアイテムで有るからだ。「俺も欲しいな……」「やっぱりか! お前が好きそうだなって思ってたんだよ!」 田島はディミトリが興味を持ってくれたのが嬉しそうだ。大喜びで作成に必要なソフトと3Dプリンターの型番を教えている。ディミトリは家に帰ったら早速注文するつもりだ。 実際に使う際には強度の問題があるので、何らかの対策を考えねばならないだろう。(プラスチック全体を金属製の筒で覆ってしまへばどうだろう?) だが、それは実物が出来上がってから考えていけば良い。頭で考えている事と実物では違いが有るのは当然だ。 まずは実物を作成することが先だろう。それから改良していけば良い。(これで悪巧みが捗るぜ……) ニヤリとほくそ笑んだディミトリは、未だ見ぬ減音器に思いを馳せていた。自宅。 ディミトリは頭痛に悩まされていた。自分を取り巻いている環境もそうだが、今はリアルな頭痛の方が問題だ。 大川病院には鏑木医師が、目の前で殺されてからは行っていない。他にもグルになっている医者がいるかも知れないからだ。 それに腹に銃痕とひと目で分かる傷がある。これは見つ
自宅。 ディミトリは朝方に家に帰り着いた。もちろん、学校に行くのに着替える為だ。 一応は平凡な中学生を演じ続けているディミトリには必要な事だ。 学校に行くとクラスに大串たちの姿は無かった。(普通に登校しろ言った方が良かったか……) ディミトリが自分の席につくとクラスメートの田島人志が話し掛けてきた。「よう! 今日さ…… 俺の家に来ない?」「何で?」「良いものを買ったんだよ」「良いもの?」「ああ…… 来てみれば分かるって!」 今日は特に予定は無い。強いて言えば短髪男から戴いた拳銃の手入れをするぐらいだ。 銃は天井裏に隠しておいた。今度は燃えないゴミの日に捨てられる事はあるまい。(そうだ、田島からベレッタを譲ってもらおうか……) 田島のベレッタは一番最初に発売されたモデルのはずだ。短髪男の持っていたのは最新型。 並べて置いておけばモデルガンに見えるに違いない。(うん…… うん…… 中々良いアイデアじゃないか) その日は何事も無く過ごし、自宅に帰る前に田島の家にやって来た。二階建ての普通の民家だ。 二階にある田島の部屋に案内されると、そこは販売店のように整然とモデルガンが並んでいた。「おおっ! すげぇっ!」 ディミトリは思わず声を出した。とりあえずディミトリを驚かすのに成功した田島はご満悦のようだ。「中々のもんだろう?」「ああ……」 その中にベレッタが有るのを目ざとく見つけたディミトリは田島に話し掛けた。「なあ、頼みが有るんだが……」「何?」「あのベレッタを譲ってくれないか?」「え? あんな古いので良いの?」「ああ、買った時の値段を払うからさ」「別に構わないよ…… 実を言うと同じのを二丁買って困っていたんだよ」 そう言って田島は笑っていた。本当は香港スターのチョウ・ユンファのマネをして二丁拳銃を買ったのは内緒だ。 それにベレッタは五丁以上持っているので邪魔だなと思っていたのだ。「ところで見せたいものって何?」 ディミトリは田島が『ある装置』を手に入れたそうなので見せて貰いに来たのだった。 こちらのお願いを聞いてくれたので、彼の自慢話に付き合うつもりのようだ。「じゃじゃぁーーーん」 彼が手招きして見せてくれたのは、最新型の3Dプリンターだった。「これで市場に出てこれない東側の奴も作れるぜ!」 すで
「すまないが今夜は付き合ってくれ……」「え?」 アカリは身構えた。それはそうだろう。相手が中学生の坊やとはいえ男の子だ。 女の身としては警戒するのは当然だ。「ああ、変な意味じゃない…… この傷だから激しい運動は出来ないから安心して……」「……」「あの工場を見張る必要が有るんだよ……」「……」 ディミトリはそう言って工場の方を見つめていた。 アカリはディミトリにつられて工場を見た。電気は点いていないので暗闇に包まれている。 夜遅くにになってディミトリは祖母に電話を入れた。勉強が捗らないので大串の家に泊まり込むと嘘を付いた。 こうしないと心配した彼女が捜索願を出しかねないからだ。 やがて時刻は日付を跨ごうとする時間になった。「見込み違いだったか……」 ポツリと漏らした。ディミトリが気にしたのは短髪男が口にした『お宝のありかを言え』だった。 これは『若森忠恭』では無く、『ディミトリ・ゴヴァノフ』としての正体を知っているのではないかと考えたのだ。 だが、時間が立つに連れ杞憂だったのではないかと思い始めていた。何も変化が無いのだ。 このまま朝まで誰もやって来なかったら、中にある遺体の始末する方法を考えねばならなかった。 ところが深夜一時を少し回った頃に、一台の車が到着した。車は暫く停車していたかと思うと、四人ほどの男が降りてきた。 そして、車から降りた男たちはシャッター横の入り口から中に入っていった。 ディミトリの読みは当たったようだ。短髪男の関係者なのだろう。 一人だけ大柄な男が居ることに気が付いた。だが、暗くて良く見えなかった。 ディミトリはスマートフォンに繋げたイヤホンに集中しはじめた。 男たちの足音も含めて音は明瞭に聞こえる。「くそったれ」「全員、殺られているじゃねぇかっ!」「随分と手慣れているな奴だな……」 どうやら、四人の遺体を見つけたらしい。口々に罵っていた。「何で消毒液の匂いがするんだ?」「消毒液じゃねぇよ漂白剤の匂いだ。 血液に含まれているDNAを壊す為に撒くんだそうだ」「日本人はやらなぇよ。 主に外人たちが好んで使う方法だ」「本当にアンタの言っていた小僧が殺ったのか?」「――――――――――――――――――?」 英語らしいが発音が酷くて聞き取れなかった。一般的に日本人は英語の発音が得意では